東京地方裁判所 昭和34年(モ)13867号 判決 1960年7月19日
債権者 大塚謙四郎
外二名
右三名訴訟代理人弁護士 立花定
同 井上忠巳
同 鈴木清二
債権者大塚謙四郎訴訟代理人弁護士 水野東太郎
荒井秀夫
萩原剛
雪入益見
芳賀繁蔵
海地清幸
債務者 日活株式会社
右代表者 堀久作
右訴訟代理人弁護士 西園寺正雄
同 稲垣正三
主文
1 当裁判所が昭和三十四年九月三十日同年(ヨ)第五一三三号不動産仮処分申請事件についてした仮処分決定は認可する。
2 訴訟費用は債務者の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
(争のない事実)
本件宅地のうち(三)、(四)、(五)の土地がそれぞれ債権者等主張のとおり債権者大塚謙四郎を除くその他の債権者等の所有に属すること、債権者大塚謙四郎が債権者恩田武所有の土地につき前主恩田峰次郎から転貸の承諾を受けて賃借し、申請外大塚スヘ所有の土地及び債権者大塚謙信所有の土地につき賃貸の権原を含めて管理の委託をうけているうち、昭和二十一年十一月一日本件宅地を一括して日本拳闘株式会社(商号変更後日本スポーツ株式会社)に賃貸し、同会社が本件宅地上に本件建物を建築所有してきたところ、右建物につき昭和二十四年七月八日付売買を原因として債権者のために所有権移転登記がなされたこと、債権者大塚謙四郎が日本スポーツ株式会社に対し同年七月三十日到達の書面を以て同会社が本件宅地の賃借権を債務者に無断譲渡したことを理由として賃貸借契約解除の意思表示をしたこと、債権者大塚謙四郎が昭和二十五年二月六日他の債権者等(債権者恩田武については被相続人恩田峰次郎)と共に債務者に対して建物収去土地明渡の訴を提起したこと、債務者が本件建物に於て映画館を経営していたところ、昭和三十四年八月二十七日火災によつて大部分が焼失したので債務者に於て翌二十八日本件宅地上の道路沿いに高さ四、四〇米、長さ七二、三〇米の杉合ジヤクリ板塀を設置したこと、はいずれも当事者間に争がない。
(被保全権利の存否の判断)
一、当事者双方の弁論の趣旨によれば、債権者大塚謙四郎が昭和二十五年二月三日、本件宅地のうち(一)の東京都豊島区池袋一丁目七百五十五番七宅地三十七坪七合一勺につき、昭和二十一年十一月一日(二)の同所七百五十五番六宅地二十坪三合六勺につきそれぞれ前主大塚スヘから売買による所有権の移転および所有権移転登記をうけたことは当事者間に争がないものと認められるから、特別の事情がない限り、債権者大塚謙四郎は、(一)、(二)の宅地の所有権を取得したものというべきであるが、債務者は、この所有権移転が訴訟信託である旨主張するから、審按するに、債権者大塚謙四郎が前記訴を提起したのは前認定のとおり昭和二十五年二月六日であるから右宅地三十七坪七合一勺については訴提起の三日前所有権移転を受けたこととなるが、もとより債務者主張のごとく訴訟係属中とは認められず他に、右日時に於ける売買による所有権の移転が右訴訟を目的として信託的になされたものと認めるに足る格別の資料はない。また(二)の宅地二十坪三合六勺の所有権取得を以て訴訟信託と認めるに足る資料もないから、この点に関する債務者の主張は採用することができない。
二、次に債務者は本件宅地につき債権者等に対抗しうる賃借権を有すると抗弁し、先ず債務者は日本スポーツ株式会社を吸収合併することにより同会社の有する本件宅地の賃借権を承継したと主張する(債務者主張(二)の(1))のでこの点につき判断する。
成立に争のない甲第五号証の二、第九号証、第十号証の二によれば、日本スポーツ株式会社は本件建物を当初拳闘興行に、その後映画館に利用して営業を継続してきたが、昭和二十四年頃経営不振に陥つた為同社々長長井金太郎が旧知の債務者会社社長堀久作に援助を懇請したが、遂に経営不振を打開できなかつたので多額の債務整理の為、昭和二十四年七月六日本件建物を債務者に売渡したものであつて、債務者が日本スポーツ株式会社を吸収合併する話が当事者に持上つたのはその後のことであることが認められ、この認定をくつがえすに足る疎明はない。
そうすると、合併により本件宅地の賃借権を承継した旨の主張は採用するに由なく、本件宅地の賃借権は、本件建物の譲渡によつて債務者に譲渡されたものと認めるの外はない。
三、次で右賃借権の譲渡については予め債権者大塚謙四郎の承諾を得ている旨の抗弁(債務者主張(二)の(2))について判断するに、成立に争のない甲第九号証によれば、日本拳闘株式会社は本件宅地を賃借するに際し債権者大塚謙四郎に対し、本件宅地上に存した池袋映画劇場の基礎工事、井戸、コンクリート床面、煙突、浄化装置、及び浄化槽一切、暖冷房装置一切並びに、地下室等の売買代金名義を以て六十万円を支払つていることを認めることができるけれども、成立に争のない乙第九号証、乙第十二号証の記載によれば右物件のうちには現に本件建物に利用されているものが相当にあることを認めることができるのであつて、右物件は債務者の主張するごとく、全然無価値なものとはいえず、また、当事者間に於て右六十万円が売買代金の形式をとりながら、実質は、単に権利金の意味をもつて授受されたものと認めることができる疎明はない。
又右認定の事実によれば、債権者大塚謙四郎が日本拳闘株式会社に対し予め、賃借権の処分を承諾していたと認むべきでないことも自ら明かである。
四、次に本件宅地の賃借権の譲受に際し債権者大塚謙四郎の承諾を受けた旨の抗弁(債務者主張(二)の(3))について判断するに、成立に争のない甲第九号証及び乙第二号証によれば、日本スポーツ株式会社は、本件宅地の賃借権を債務者に譲渡する際、債務者に対し、債権者大塚謙四郎の承諾を受けるべきことを約定しているにもかかわらず、日本スポーツ株式会社から債権者大塚謙四郎に対しその承諾を求めたことなく、また債務者がその承諾を債権者大塚謙四郎からえたこともないことを認めることができ、これに反する疎明はない。以上要するに、債務者が債権者大塚謙四郎に対抗しうる賃借権を有することを認めることのできる疎明はないという外はない。
五、そこで債務者は更に、本件宅地の賃借権譲受につき債権者大塚謙四郎の承諾を得ていないとしても債権者大塚謙四郎が日本スポーツ株式会社に対してした賃貸借契約解除は権利の濫用であると争う(債務者主張(二)の(4))けれども、すでに債務者の本件宅地の占有が債権者等に対抗することができる権原にもとずくものであるといえないこと前説示のとおりである以上、債権者等は、本件宅地の賃借人たる日本スポーツ株式会社との法律関係が賃貸人たる債権者大塚謙四郎によつて解消されたと否とにかかわらず、債務者に対し本件宅地の明渡を求めることができる筋合であるから、債権者大塚謙四郎と日本スポーツ株式会社との借地の契約解除が権利乱用である旨の抗弁は、主張自体理由がなく、採用に値しないといわなければならない。
以上説示のとおりであるから、債権者等は、債務者に対し本件宅地の明渡を求め得る被保全権利を有するものといわねばならない。
(仮処分必要性の判断)
一件記録(特に成立が争われていない債権者大塚謙四郎の本件訴訟委任状)に照し真正に成立したものと認める甲第六号証及び債務者弁論の趣旨を合せ考えれば、本件建物は、昭和三十五年八月二十七日大部分焼失したのであるが、債務者はその翌日直ちにその焼跡である本件宅地の周囲に高さ二間半位の杉板中くりべいを造り、その内部において映画館を新築すべく準備中であることが認められ、かくの如き段階において、本件土地につきいわゆる占有移転禁止及び建物その他の工作物築造禁止の仮処分を許し、五百万円の保証を立てさせたのは相当というべく、本案訴訟の第一審判決で債権者等が勝訴し、債務者が控訴したことは少しもかかる仮処分の必要を減殺し、または消滅せしめるものではないから、債務者のこの点についての主張は採用することができない。
(特別事情に基く取消の申立に対する判断)
債務者は本件仮処分の被保全権利は土地明渡請求権であるが賃料収益を唯一の目的としたものであつて債権者等は金銭補償によつて満足を受け得るものであると主張する。
成程成立に争のない甲第二号証の一、二によれば債権者大塚謙四郎は本件宅地の大半につき日本拳闘株式会社(商号改正後の日本スポーツ株式会社)に対し終期を昭和四十一年十月三十日とする賃貸借契約を締結していることが認められるが、債権者の主張する被保全権利は、右賃貸借が解除になつた結果、所有権にもとずいて本件土地の明渡を求める権利であり明渡を受けた後本件宅地を利用して薪炭商等を営む計画のあることは債権者等の主張するところであつてかかる土地に一旦映画館の如き近代建築が完成した場合、その収去は、社会経済上の損失ないし債務者が将来この建物を喪失することによつて蒙る困惑等に対する配慮よりして現実問題として著しく困難となり、ために債権者としても往々にしてその収去を断念せざるをえない破目に陥ることも決して少くないことは、今日の建築事情の下では容易に推察することができるところであるから、債権者が本件処分によつて保全しようとする権利は、必ずしも金銭的補償によつて終局的満足をえられるものとはいい難く、また債務者は本件土地の上にその計画の映画館を建築することができない結果、相当の損害を蒙るであろうことを推認することができるけれども、かかる損害は、本件土地についてみれば、この種仮処分に通常伴うところのものであつて、債務者の受忍しなければならない損害と認められる。これらの点より考えれば、本件は仮処分を取り消すべき特別の事情ある場合にあたらないものと認めるのが相当である。
そうすると結局本件仮処分を取り消すべき特別事情が存することを認めるに足る資料はないものというべく、保証の点を考慮するまでもなく本件取消申立は却下すべきものである。
(むすび)
以上説示のとおり、債権者等の本件仮処分申請は理由があり、これを認容した原決定はもとより相当であつて、今尚之を維持する必要があるからこれを認可することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十五条本文第八十九条を適用した上主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小川善吉 裁判官 田辺博介 田倉整)